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「国別ランキング1位を3種目で」 安井博志日本代表ヘッドコーチが語る、2026年日本代表選考基準の狙い

インタビュー公開日: 2026-01-27
「国別ランキング1位を3種目で」 安井博志日本代表ヘッドコーチが語る、2026年日本代表選考基準の狙い

Photo : © Nakajima/Timmerman/IFSC

代表枠は限られている。しかし、日本には世界と戦えるタレントが数多く存在する。2026シーズンの日本代表選考基準には、世界ランキングの評価と国内大会の結果、さらにはシーズン途中での入れ替えという柔軟な仕組みが盛り込まれた。その背景にあるのは、「経験を止めない」ための明確な意図だ。ボルダー、リード、スピードの各種目における現状認識と課題、アジア競技大会を含む国際大会の重要性、そしてロス五輪へ向けた土台づくり。安井博志日本代表ヘッドコーチが、2026年の強化ビジョンを語る。

(取材・文/CLIMBERS編集部)

YASUI Hiroshi
Photo : JMSCA/アフロ
プロフィール
安井 博志 - YASUI Hiroshi
日本代表ヘッドコーチ兼 ハイパフォーマンスディレクター

1974年12月29日生まれ、鳥取県出身。
元高校教諭で2002年の山岳部創設に伴い指導者として活動開始。08年よりJMSCAに所属し、09年からユース日本代表コーチ、16年からボルダー日本代表ヘッドコーチ、17年から日本代表全体のヘッドコーチとハイパフォーマンスディレクターを務める。

――2026年の日本代表選考基準が発表されました。概要を説明いただけますか。

「選考基準の優先順1には昨年度の世界ランキングから優先枠を設けています。ただし、ワールドクライミングシリーズ(以下Wシリーズ ※昨年までのワールドカップから名称変更)におけるボルダーとリードは大会ごとの代表枠が6枠しかありません。2025年の世界ランキングトップ10に入っている選手がボルダー男女とリード男子に4人ずついるので、その4人を優先して選出するかどうかは最後まで議論になりました。最終的には世界ランキングから6枠のうち半分の3人を、ジャパンカップの成績から残る半分の3人を選出することで決定しました。


また、スケジュールを鑑みて両種目ともシーズン中に代表選考基準を一度変更して選手の派遣を行います。ボルダーとリードでWシリーズが6戦ずつあるので、3戦ずつで入れ替えるのが理想ですけれども、ボルダーはスケジュールを見ますとヨーロッパで4連戦という状況がありますので、この連戦での入れ替えがしづらい背景があります。このため、ボルダーは偏った分け方となってしまいますが1戦目から5戦目を前半戦と捉え、10月に開催される最終第6戦のソルトレイクシティ大会を後半戦として入れ替えをすることとしました。リードについても、スケジュールを見ながら前半4戦と後半2戦を境に入れ替えます。


選考方針にも記載していますが、代表派遣枠が少なくなっている中でも日本には多くのタレント選手がいますので、たくさんの経験を得る機会を創出しないとモチベーションも経験値も下がってしまいます。日本人選手の可能性を広げるためにもシーズン中に入れ替えをしていきたいと考えています」

――ボルダーは世界ランキングトップ10以内に日本人選手が男女ともに4人いますが、上位3人が日本代表としてWシリーズ前半戦の優先出場権を保有する形ですよね?

「はい。上位3人が優先出場選手ですので、男子は安楽宙斗、天笠颯太、楢﨑智亜が、女子では中村真緒、関川愛音、野中生萌がWシリーズの前半戦に優先出場できます。それぞれ4番手の楢崎明智、松藤藍夢は後半戦の優先出場権は持っていますが、前半戦にはBJC2026で結果を残すことによって出場権を得られることになっています」

――リードに関しては、男子は世界ランキングトップ10以内に4人の日本人選手が入っていますが、女子は1人もいない状況です。

「リード女子の場合は前年度の成績を考慮しない状態となります。イチから今一番いい選手を選出して、世界と勝負していきながらチームを『再構築』していきたいと思います。ロサンゼルス五輪の2年前となる今年にしっかり地盤を固めて、ある程度の自信を持って五輪に挑むには2026シーズンでしっかり結果を残してから2027シーズンを迎えないと五輪の枠を取るのは難しいと思いますので、戦える状況を今シーズンにしっかりつくりたいと思います」

――今年多くの注目を集める大会として9~10月に名古屋で開催されるアジア競技大会が挙げられますが、4月にはアジア選手権が中国で行われます。この大会の位置づけを教えてください。

「現時点で4月のアジア選手権に内定しているのはボルダーで安楽と松藤、リードで小俣史温と谷井菜月です。大会選考基準によると、優勝できればアジア競技大会の残り1枠を獲得できます。なおかつ現行ルールですと2027年の世界選手権の枠も取れるはずで、非常に重要な大会となります。アジア選手権の出場枠については関係者間で調整中と聞いていますが、世界選手権の出場枠を確保できるかもしれない大会が4月にあり、今シーズンのWシリーズ以上に重要で注目の大会になり得ます。アジア選手権に出場するための日本代表選考基準は大会要項などが確定した後の発表を予定していますが、今回発表された『国際競技大会派遣選手選考基準』の優先順位の上位に位置する選手から出場可能枠まで選出していくことになる可能性があり、ジャパンカップの成績も重要になってくるわけです」

――2026年の代表強化についてどう考えていますか?

「まずはアジア選手権とアジア競技大会に向けて強化をしていきます。もう1つは、シーズンを通してポイントを取った選手が来シーズンの優先枠を獲得できる状態になると思いますので、2027シーズンをしっかり戦うためにWシリーズでポイントを確実に獲得する方向に切り替えていこうと思います。それ以外の選手はジャパンツアーという場を用意していますので、そこでしっかりと戦い次のジャパンカップに向けて成長していければと思っています。ボルダーは、男女ともに引き続き熾烈な争いが続くと考えています。世界ランキングトップ10に入っても、さらに日本代表の中でも順位を上げていかないと優先枠が獲得できないおそれがあります」

――リードは、男子はボルダー同様に日本人同士の順位・ポイント争いが重要になると思います。女子については再構築という言葉も出ていましたが、いかがでしょうか。

「リードの女子に関しては代表の練習会などをもっと実施していくことが重要です。東金町運動場スポーツクライミングセンター(東京都葛飾区)などとてもいい壁と課題を持つ施設を活用していくことも1つの策です。さらにユース年代からの強化も必要で、totoを活用したユース強化事業を通じて選手育成をしていかないといけません。強度の高い課題が出た時に、日本人選手はガタついてしまい、動きが変わってきてしまうことがあります。強度の高い課題でも動きが落ちないようにするには、日々のトレーニングの量を増やし、国内でしっかりと強度の高い課題に対応できるような準備をしていく必要があります」

――スピードについても話を伺います。タイムは男女ともに伸びてきており、特に男子は国際大会での結果もついてきているのではないでしょうか。世界での戦いに向けて、今シーズンはどのように強化していきますか?

「男子も女子も集合練習をもっとやるべきだと考えています。実際に集合練習の機会は増えてきていますが、個別練習と集合練習のバランスを考えると、ボルダーは自然に選手が集まって高いレベルで練習できている一方でスピードはまだ足りません。また、集合練習をした際には『スピードエンデュランス』というスピードでの持久力を高めるための練習を取り入れる必要性を感じています。日本人選手は後半パートでタイムが落ちやすいのですが、それは高いスピードを維持できない選手が多いということでもあります。それを改善するにはトレーニング量を増やすこと。トレーニング量を増やそうと思ったら、1人ではそういった追い込みをやりづらいです。集団で高めていけるようにみんなでいい雰囲気をつくらないといけないと思っています」

――2026シーズンは4レーンが採用されるなど、スピード競技自体も大きく変わります。どのような対応を想定していますか?

「4レーンの壁が国内にないので、国際大会で慣れていくしかないでしょう。これまでと違う点として(中央の2レーンは)左右に人がいることで集中が散漫するおそれが相当あるはずですので、これまでとは違ったメンタルが必要になります。これも経験を積み重ねていくしかないと考えています。


また、オートビレイ機は巻き取り速度が速くなるような仕様に変更されますが、道具への対応はそんなに難しいことではありません。どちらかというと、スピードのタイムが上がっていく中で、筋力的にしっかりと対応できない選手が今後増えていくと思います。陸上の短距離のコーチともよく情報交換していますが、速度が上がると空回りすることが増えるようで、おそらくスピード競技にも当てはまると思います。ホールドを踏んでいても接地時間が短くなってくるため、より短時間で力を伝えるにはまた違う技術が求められると言われていて、そこには突破するべき“壁”があるように思っています。


スピード種目は医科学的なサポートが非常に重要で、JISS(国立スポーツ科学センター)のハイパフォーマンスサポートの方に分析をお願いしています。その中でスタートの前半が重要だということがわかっています。スタートの初速が世界レベルに追いついている選手は日本人選手の中で3人しかいません。現在はスタートの初速を上げる取り組みもしているところです。


1000分の1秒を争うスポーツなので、ここ数年間、ずっと科学的分析をしてきていますが、いよいよ集大成として大きな動きが出てくると思います。とにかくスピードは医科学的、科学的な方向で強化をしていく。感覚ではなく、根拠をはっきりさせて選手強化していきます」

――様々な変化があり、ロス五輪に向けても土台を固める1年になると思います。最後に今シーズンの目標を教えてください。

「Wシリーズの国別ランキング1位を3種目で取っていきたいということはずっと言ってきました。国際大会でたくさんの日本人選手が表彰台に上がっていけば、自然と世界ランキングのトップ3に入ってくる選手が昨年同様出てくると予想しています。


あとは秋に名古屋であるアジア競技大会です。日本で行われる大会で金メダルを獲得すること。国民の皆様からの注目もありますし、JOCやさらに世の中からももっと注目される競技になっていきたいと思っています。『やっぱりクライミングの選手はすごい、強い、かっこいいね』という流れにしたい。ロサンゼルス五輪に向けて観る側の楽しみも増えるような競技にしたいので、もちろん選手の強化は大事ですが、観る人たちが楽しめるものにするための足掛かりを今年はつくっていきたいと考えています。そして、より一層魅力的な日本代表チームにできるよう引き続き尽力したいと思います」