変わるクライミングW杯 男子リードの日本勢は12名→6名へ
Photo : © Jan Virt / IFSC
2025年のクライミングワールドカップはIFSC枠の撤廃、国別出場枠の変更、出場可能年齢の引き上げなど、様々な変更が実施予定です。日本代表の安井博志ヘッドコーチにその概要と強化の方向性を聞きました。
プロフィール
安井 博志 - YASUI Hiroshi
日本代表ヘッドコーチ兼JMSCA強化委員長1974年12月29日生まれ、鳥取県出身。元高校教諭で2002年の山岳部創設に伴い指導者として活動開始。08年よりJMSCAに所属し、09年からユース日本代表コーチ、16年からボルダー日本代表ヘッドコーチ、17年から日本代表全体のヘッドコーチとJMSCA強化委員長を務める。
――2025年からワールドカップの出場条件が変更されるそうですね。
「これまで前年の世界ランキングトップ10の選手に対して“By name”(バイネーム)で翌年のワールドカップの参加優先権、いわゆるIFSC(国際スポーツクライミング連盟)枠が与えられていましたが、それがなくなります」
――多くの選手がワールドカップに出場するために世界ランキング上位を目指していたと思いますので、大きな変更ですね。それでは2025年のワールドカップに出場するためには?
「各国には各種目最大6名の出場枠が与えられ、各国がそれぞれ定める選考基準を満たした選手が出場できます」
――2024年の国別出場枠は最大5名でしたよね。
「2025年はまず各国に2名の枠が与えられ、そこに前年の世界ランキング1~40位までに入ったその国の人数に応じて1~4名の枠が追加されます。最大で2名+4名の計6名へと変更されます」
――世界ランキング40位までに1人入ると1枠が、2人入ると2枠が追加されますか?
「続いて3人で3枠、4人以上で4枠が追加されます」
――それは選手個人に与えられる“By name”ではなく、その国に与えられる枠なのですね。
「そうです。ですから、どの選手がワールドカップに出場できるのか、各国協会の選考基準がより重要になります。また、我われにとって2025年の最も重要な大会は世界選手権です。2025年は、ワールドカップなどの国際大会で多くの選手が経験を積み、その中で結果を残した選手を世界選手権に送り出せるような基準を設けました。ワールドカップの(ボルダーでは)1戦目から3戦目と、4戦目から6戦目で区切った基準としています」
4月 第1戦 中国・柯橋
5月 第2戦 ブラジル・クリチバ
5月 第3戦 米国・ソルトレイクシティ
6月 第4戦 チェコ・プラハ
6月 第5戦 スイス・ベルン
6月 第6戦 オーストリア・インスブルック
9月 世界選手権 韓国・ソウル
――前半戦で結果を残せば後半戦も出場でき、9月の世界選手権に繋げていくという考え方でしょうか。
「そうですね。後半の3戦については前半で調子の良かった選手が出られます。ワールドカップシーズンのすぐ後に世界選手権を控えていますので、ワールドカップのいい流れを世界選手権に持っていきたい意図があります。仮に前半戦で優勝して世界選手権の選考基準を満たしたら、トレーニングに専念したいという選手が出てくるかもしれません」
――柔軟に選手強化を考えていくということですね。
「近年は世界各地で大会が行われるようになって、選手の移動が大変になっています。2025年はブラジルでの大会もあります。そうすると全戦に出場することが得策かというとそれだけではないかもしれません。選手によって大会に出られるタイミング、トレーニングしなければいけないタイミングがあるので、長いシーズンの中でどこにピーキングしていくかを考えると、ワールドカップをいかにうまく使って選手を強化していくかが次に我われに求められていることだと思っています。日本代表に選ばれたけれども国際大会に出ない選択をした選手に対して、どのような強化をしていくか。海外や国内で合宿する機会を設けることなどを考えていきたいと思います」
――出場枠の人数変更で、日本代表が最も影響を受ける種目は?
「男子リードです。2024年は国別出場枠5名+IFSC枠7名で最大12名が参加していましたが、2025年は6名しか出られません。2025年に日本へ与えられた参加枠は、男子スピードが4名、それ以外の種目はすべて6名となります」
――男子リードは12名から半減するとは、影響が大きいですね。
「世界ランキングの上位10人に入っても、ワールドカップに出られない可能性があるということで、日本は代表選考基準を満たすための国内競争がさらに激しくなると思います」
――一方で各国の出場枠は5名から6名へと増加しました。
「おそらく、IFSCとしてはIFSC枠をなくす代わりに国別出場枠を増やしてバランスを取ったのではないかと思います。しかし日本にとってはそれでは足らないという状況になりました」
――強い選手が多く出ていたワールドカップのレベルが下がることも考えられませんか?
「おっしゃるとおりです。この変更によりワールドカップの価値が下がる傾向にあることを危惧しています」
――ワールドカップにおいての重要な変更点として、出場年齢の変更も挙げられますよね。
「出場できる最低年齢が16歳から17歳に上がりますので、ワールドカップや世界選手権に早く出たいと考えていたユース選手にとっては本当にショックなことだと思います」
――その背景として何が考えられますか?
「低エネルギー問題が挙げられます。『REDs(レッズ)』と呼ばれていますけれども、競争の低年齢化によって減量し過ぎたり拒食症になったりして、さまざまな健康問題が引き起こされることが懸念されています。スポーツクライミングは体重に影響されやすいスポーツですから、低年齢からの過度な競争を避けるという意味でIFSCは年齢を上げたのだろうと考えられます」
――ヘッドコーチの立場から、この変更をどう捉えていますか?
「すでに決まったことですし、ポジティブに捉えていて、よりじっくりと選手たちを育てられる猶予にすれば良いと考えています。関節にかかる負担が大きいクライミングにおいて、成長期における過度なトレーニングはプラス面もあればマイナス面もあります。より体ができ上がった年齢の選手のほうがケガのリスクは少ないと思いますので、我われとしては選手がより長く競技を続けられるようにユース世代での研修や練習会などをしっかりと計画して、今回の改定をうまく利用できればと考えています」
――ボルダーは2025年から完登で25ポイント、ゾーン到達で10ポイントを得られるポイント制の新ルールが導入されます。これに伴い、選手強化などに影響はありますか?
「IFSCのレポートには、選手たちの多彩な能力を評価するシステムだという記載がありました。すべての課題でゾーンを取れた選手が、突出した能力で1完登のみした選手を上回る場合があるというルールになります。いろいろなタイプの壁、課題を攻略できる、より総合的な能力を持った選手が上位に来る可能性が高いということだと思います。日本には器用で総合力が高い選手が揃っています。ヨーロッパの選手は非常にコーディネーションが得意で、ダイナミックな動き等々はできるのですけれど、握って登ったり、細かいバランスに対する修正能力だったりはあまり高くないと見ています。そういった意味では今回のルール変更は日本にとってプラスに働くと思っていますし、選手たちもトレーニングの幅が広がって楽しいのではないかと思いますね」
――最後に、今後の目標を教えてください。
「先に申しましたとおり、2025年は世界選手権が最も重要です。JOCの評価対象となる競技大会は、オリンピック、アジア競技大会、世界選手権、ユース世界選手権の4つです。9月の世界選手権で金メダルを獲得し、ロサンゼルスオリンピックへ向けて良いスタートを切りたいと思います」
――2028年ロサンゼルスオリンピックに向けてはいかがでしょうか?
「具体的にどう注力していくかはまだ決まっていません。なぜならば、ロサンゼルスオリンピックでの実施種目が確定していないからです。3種目がそれぞれ行われるのか、ボルダー&リード種目がそのまま残るのか、それとも団体種目が導入されるのか。そこが明確になってから戦略を練りたいと思います。普及・育成も重要です。オリンピックで多くの方々に見ていただいたスポーツクライミングを、いかに次の4年に向けて人気が広がっていくスポーツにしていくか。2回のオリンピックを経て知名度は上がりました。次はスポーツクライミングの価値をもっと広めていくことが、競技人口を増やし、クライミング界が盛り上がり、選手の活動に繋がると考えています。例えば部活動の地域移行の受け皿として、クライミングは有用だと考えています。クライミングの価値を多くの方とで共有し、日本のスポーツ界のために何かできればと思っています」