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安井博志HCに聞く ボルダーW杯2025総括

公開日: 2025-07-22
安井博志HCに聞く ボルダーW杯2025総括

2025年のクライミングワールドカップはボルダーの全6戦が終了。男子で安楽宙斗が年間3連覇、天笠颯太が年間3位に入り、女子でも中村真緒がW杯初優勝を飾るなどして年間2位で終えました。日本代表の安井博志ヘッドコーチにボルダーの総括を聞きました。

(取材・文/CLIMBERS編集部)
SUZUKI Yuki
Photo : JMSCA/アフロ
プロフィール
安井 博志 - YASUI Hiroshi
日本代表ヘッドコーチ兼ハイパフォーマンスディレクター

1974年12月29日生まれ、鳥取県出身。
元高校教諭で2002年の山岳部創設に伴い指導者として活動開始。08年よりJMSCAに所属し、09年からユース日本代表コーチ、16年からボルダー日本代表ヘッドコーチ、17年から日本代表全体のヘッドコーチとハイパフォーマンスディレクターを務める。

――全6戦のボルダーワールドカップが終わりました。総括をお願いいたします。

「今シーズンは2つの大きな変更点がありました。まずは参加人数が大幅に減り、日本からは最大6人になりました。それとルール変更でポイント制になりました。これにより1完登よりも4ゾーンのほうが上位となる可能性もあるというシーズンで、どうなるか予測しづらかった部分がありました。参加人数が減ったことに伴い、日本代表の選考基準は前半戦と後半戦で一部の選手を入れ替えるようにしましたが、男女とも選手たちのモチベーションが高く、結果的に素晴らしいシーズンになったと思います。年間ランキングでは安楽宙斗が3連覇しました。連覇がどこまで続くのか楽しみです。天笠颯太が3位に入ったことも非常にうれしいですね。彼はムードメーカーで、代表チームを盛り上げる意味でも重要な存在でしたが、結果もついてきました。中村真緒も優勝した上での年間2位ですから、素晴らしいシーズンになったと思います。いろいろな選手が表彰台に乗れた良いシーズンでした」

――実力が伸びたと感じる選手はいますか?

「筆頭は関川愛音ですね。W杯参戦は3シーズン目ですけれども、なかなか結果が出ず、トレーニングの方向性でいろいろと悩んだとは思いますが、海外大会ではパワーがより必要というところにマッチし、実力も出せたと思います。5戦で決勝に残り、初めて表彰台も経験して、いよいよ優勝が見えてきているなと感じています」

――男子はいかがでしょうか?

「安楽の実力がさらに伸びていると思っています。壁の前やマットの上での仕草、表情。それらが非常に落ち着いていて、見た目は若いのですが、中身はプロフェッショナルに近づいてきています。中国、ブラジル、アメリカと3戦続けて優勝しましたけれども、以降のヨーロッパラウンドで簡単に勝たせてもらえなかったのは、見たことのないような動きが多く、対応力が試されたからだと思います。それでも安楽はメダルを取り続けました。練習したことがない動きに瞬時に対応できることについて、頭の柔軟性が増している印象を受けました」

――ヨーロッパラウンドでの課題の傾向は、2028年のロサンゼルスオリンピックでボルダーが単種目になる影響からなのか、あるいは単にルートセッターの方向性からなのか、どう捉えていますか?

「私は両方あると思っています。特にボルダーはいろいろな動きを試せる競技なので、セッターもマンネリ化しないように課題をつくりたい、新しい動きを取り入れたいという考えがあるはずで、次々に新しいものが、特にヨーロッパを中心に考えられていると感じています」

――近年は飛ぶような課題が多かったと思いますが、保持系の課題も増えてきているのではないでしょうか?

「増えていますね。これまでは、ただ大きいものを押さえたらいい、もしくはその中で動けたらいい、といったところでしたが、クライミング要素の保持が戻ってきたり、他にも1本指を使うシーンが男子で顕著に見られるようになったりしています。これまでは指のケガのリスクがあり敬遠されていたと思いますが、純粋にクライミングで必要な指の力が試されるようになってきています。今の若い選手たちはあまりそういったクライミングをさせてもらってきていないので、今後の彼らのチャレンジを見守りたいと思います」

――今シーズン、印象に残っている点はありますか?

「安楽はボルダージャパンカップで優勝しましたが、今シーズンには不安がありました。それが初戦で優勝し、自信がついたことでいいシーズンになったと思います。初戦というのは毎シーズン難しいので、しっかり結果が出せることは重要です。安楽の初戦での優勝が日本チームにとって大きくプラスに働きました。そしてソルトレイクシティでの中村の初優勝。いつかはと思っていましたけど、あのタイミングだとは思っていなかったのでとても印象的でした。同時に杉本怜の決勝進出もあの大会でのハイライトになって、若手だけでなくベテラン勢にも火がついたと思っています。ヨーロッパラウンドに進んだ後半戦はチーム全体として苦労しましたが、落ち込むことはまったくなくて、逆に目をギラギラさせて『次は絶対に勝ってやる』という気持ちを選手から感じました。このモチベーションで世界選手権にも臨みたいと思っています」

――冒頭でルール変更の話も挙がりました。ポイント制と決勝の人数変更について感じたことはありましたか?

「ポイント制は日本人選手にとってラッキーなパターンが多かったと思います。外国人選手は何か一つに突出していて、1完登できるけど、他の課題はゾーンが取れないという選手が多かった中で、日本人選手はほぼゾーンを取れていました。日本には適応力の高い選手が多く、マイナスには作用しなかったと見ています」

――参加人数の変更については?

「人数が絞られたため、日本チーム全体が大きな集団で大会前の雰囲気をつくるというよりも、個々人がきちんと大会に向けてマインドセットしていく必要がありました。個人の成長が求められる状況になってきています」

――決勝の人数は6人→8人に変わりました。

「選手の気持ち的にも変わりますね。例えばこれまでの6人のうち、日本人選手が3人入った場合は何となく“日本チームの試合”になっちゃうんです。アイソレーションでも日本チームの雰囲気が簡単につくれていましたが、試合前のせめぎ合いという意味では他国が入る余地が増えたので、これまでとは違いますね」

――ルール変更などを受けて、安井さんとして選手への指導や伝え方に変化はありましたか?

「適応することが重要なので、すこし遊びがあるような対応をしてほしいとは伝えています。いろいろな変化がある状況ですし、課題も読みにくい。考え方を固め過ぎてしまうと失敗を繰り返す可能性があるので、リラックスして落ち着いて、周りを見て適応しよう、といった感じで選手、スタッフには伝えています」

――今シーズン、新たに導入したことや、昨シーズンから変わったことはありますか?

「渡航の仕方は少し変わりました。以前よりも1日早く現地に入っています。去年までは直前に入って大会に合わせていました」

――早めに現地入りすることで、時差の調整やトレーニングができますね。

「はい。現地での調整日を1日増やしたことで、大会会場への移動も事前に下見できます。移動による疲労具合がわかったり、コンディションの把握がしやすかったりして、その上でケアスタッフと会話できるので、とてもよかったと思います。また、現地でトレーニングしていると日本人選手のファンの方たちが来て交流の機会が持てます。自分たちが注目されている、認められているという感覚を試合以外で感じられることは、彼らも誇らしく思えてプラスとなるでしょう」

――印象に残っている国はありますか?

「ブラジルはすごかったですね。南米で初めてのワールドカップ開催でしたし、ようこそブラジルへ、南米へというような熱烈な歓迎でした。Instagramアカウント(@japan_national_climbing_team)を再始動しましたが、日本チームの情報が現地に伝わり、そういった交流が生まれたのかもしれません」

――日本代表チームのInstagramアカウントは今シーズンから再始動しました。選手もコーチ陣も協力的のようですね。

「そうですね。個人のアカウントとは違い、チームがこれだけ応援されていると感じることができますし、フォロワー数が増えている話をすると『いいね』という雰囲気がチーム全体に広がっていきます。選手からも投稿のアイデアが出てきて、個人では発信できないような投稿ができていると思います。海外から見ると、たぶん日本人選手の顔は同じように映ると思うんです。でも、キャラクターは違うということを発信できれば、各選手へのサポートが増えたり、ファンが増えたりして選手の後押しに繋がりますし、業界も盛り上がるはずです」

――今シーズンの日本代表チームは前半戦と後半戦で一部の選手を入れ替えました。成果も含めて振り返るといかがでしたか?

「もしも選手を固定していたら、第1戦から第6戦までハイライトもなくダラダラと戦っていた可能性があったと思っています。また次、頑張ればいい、また次、頑張ればいいと……。しかし、次がないとなった時には、選手の火事場の馬鹿力というものを見られました。ソルトレイクシティでの男子決勝のアイソレーションは、おそらく過去一番に緊張感があるアイソレーションでした。日本人選手同士の会話もほぼなく、藤脇祐二、楢崎明智、天笠颯太の誰が後半戦への残り1枠を取るんだというところで、ピリピリとした決勝を戦えたというのは、今シーズンのポイントにもなりました。入れ替わった選手は、結果だから仕方ない、また頑張ればいいと思うところもあったでしょうし、後半戦はフレッシュで『やってやる』というような選手が入りました。常に代表メンバーに選ばれている選手にとってはいい刺激になったはずです。ただ、選手達にとっては過酷な選考方法だったと思っていますが、世界一のチームだからこそ必要な入れ替えだったと思っています」

――このあと世界選手権や2028年ロサンゼルスオリンピックが控えている中で、海外チームと接して感じたことがあれば教えてください。

「海外の代表チームは、ユース世代にあらためてフォーカスして選手強化を始めています。フィンランド・ヘルシンキでのユース世界選手権(7〜8月)にトップチームのコーチが帯同するチームがいくつかあると聞いています。私も帯同するつもりですので、おそらくヘルシンキは次のオリンピックを見据えた重要な大会になるでしょう。もう一つ、ヨーロッパでは今、カップ戦が盛んに行われていまして、ヨーロッパカップとヨーロピアン・ユースカップの2つの大会数だけで20を超えていて、ヨーロッパの各国がしのぎを削っています。中でもベルギーは男女ともフィジカル強化に力を入れています。日本の選手、特に女子選手のフィジカルは欧米の選手に比べると劣っていますから、喫緊の課題だと感じています」

――9月には韓国・ソウルで世界選手権が行われます。どのようにして臨みますか?

「7月は休養も含めてコンディショニングの回復に注力してもらい、実戦から完全に遠ざかってしまうので、8、9月でシミュレーションも含めた国内合宿をしたいと考えています」

――ボルダーにおける世界選手権での目標を教えてください。

「男女とも金メダルを狙います」

――出場メンバーは?

「最終確認前の段階ですけれども、男子は安楽、天笠、楢崎智亜、楢崎明智、藤脇、杉本が内定です。安楽はアジア選手権の優勝者なので、別枠を持っています。女子は別枠を持っている松藤藍夢と、中村、関川、野中生萌、葛生真白。葛生はリードでも代表入りする可能性があるので、出場種目をリードに絞るとなった時は村越佳歩が繰り上げで選ばれる見込みです」

――今シーズンは早めに現地入りしてきたと思いますが、距離の近い韓国で行われる世界選手権においてはどう考えていますか?

「韓国での開催ですので、直前まで日本で過ごして、出場したら帰国するスケジュールを念頭に置いています。今回はパラクライミングの世界選手権が日程の真ん中に入っているので、選手によってはいったん帰国する可能性もあると想定しています」

――最後に、世界選手権に向けた意気込みを教えてください。

「アジアでの世界選手権ですし、アジアの地の利を生かして日本人選手で男女とも金、そして表彰台独占も狙いたいと思っています。選手みんなに期待したいと思います。応援のほどよろしくお願いいたします」

2025競技会一覧

  • 第11回ボルダーユース日本選手権倉吉大会(BYC2025)
  • 第13回リードユース日本選手権多久大会(LYC2025)
  • リードジャパンカップ2025(LJC2025)
  • スピードジャパンカップ2025(SJC2025)第5回スピードユース日本選手権多久大会(SYC2025)
  • ボルダージャパンカップ2025(BJC2025)