安井博志HCに聞く リードW杯を戦う日本代表の現状と世界選手権の展望

Photo : JMSCA
2025年のリードワールドカップは全6戦のうち5戦が終了。男子は開幕戦から安楽宙斗→吉田智音→鈴木音生→安楽宙斗の順に優勝し、日本勢が4連勝を遂げる活躍を見せました。ここまでのリードの戦いぶりと、9月21~28日に韓国・ソウルで行われる世界選手権について、日本代表の安井博志ヘッドコーチに話を聞きました。

プロフィール
安井 博志 - YASUI Hiroshi
日本代表ヘッドコーチ兼 ハイパフォーマンスディレクター
1974年12月29日生まれ、鳥取県出身。
元高校教諭で2002年の山岳部創設に伴い指導者として活動開始。08年よりJMSCAに所属し、09年からユース日本代表コーチ、16年からボルダー日本代表ヘッドコーチ、17年から日本代表全体のヘッドコーチとハイパフォーマンスディレクターを務める。
――全6戦中5戦を終えたリードワールドカップについて、現時点の振り返りからお伺いします。
「男子は全体的に調子がよく、複数人が表彰台に上がる戦いができています。一方で女子は少しパワー負けしている部分が見られるのと、今年は今までだと見られなかったようなダイナミックムーブがルートの中に入っていて、ムーブの強度が高い部分などで消耗したり、フォールさせられたりしてしまうことが多いです。女子ルートの中にランジのコーディネーションムーブも出てきましたし、そこに対して得意なイメージを持っている選手が少なく、登る前から精神的にやられてしまうようなルートが多かったと感じています。男子は世界と戦えていますが、女子はこのような部分での適応が必要な状況がはっきりしました」
――日本男子は開幕から4連勝を果たしました。
「安楽宙斗、吉田智音、鈴木音生の3人がチームを引っ張ってくれています。安楽はボルダーとリードの両種目に取り組んでいて『シーズン中の調整が難しい』と言いながらもリードでもしっかりと戦えています。ボルダーのシーズンが終わり、リードワールドカップの後半戦から世界選手権に向けてリードの練習もできると思うので、さらに調子は上がると思っています。吉田と鈴木は前半戦から仕上がりがよく世界トップレベルの状態をキープできているイメージがあり、この勢いのままシーズンの最後まで行けるのではと期待しています。ただ、2人とも若いので感情的な波があるように見受けられます。成績がよかったから、そのまま気分よく次の大会に臨めているわけではなく、逆に気負ってしまい急に不安を感じるような場面も出てくると思いますので、感情の波をどうコントロールしていくかが今後も活躍できるかどうかの重要なポイントになると思います」
――男子が好成績を収めている中で、強化方針に何か変化はありますか?
「特に変化というものはありません。選手同士でルート内容についてもトレーニングについても高いレベルの会話ができています。例えば前半戦、小俣(史温)はうまくいかずに苦戦していましたが、安楽、鈴木、村下(善乙)、小俣の4人がヨーロッパ滞在中にトレーニングをする中で気負わずリラックスして臨むほうがいいんじゃないかと感じたようで、そこから結果がついてきて再び決勝に残る機会を得ました。このように選手同士で修正できることは日本の強みだと思います。互いに支え合うチームができつつあるなと感じています」
――今後、さらなる活躍が期待できる選手はいますか?
「鈴木はまだまだ潜在能力があると思っています。彼には指の力があり、保持力が非常に強い。終盤までゆとりを持って登ることができ、その場で対処できることはアドバンテージです。スペインのアルベルト(・ヒネス・ロペス)も同じような能力を持っているので、鈴木はアルベルトを追いかけていき、さらに勝負勘を身につけてもらいたいですね。
吉田はボルダーもリードもうまくこなすタイプで、ダイナミックムーブが多用される現在のリードにマッチしている印象です。タイプ的に言いますと、吉田と安楽がボルダーもこなせるタイプ、鈴木と小俣が確かな持久力を持ってじっくり戦うタイプ。2つのタイプの選手が今後どのように課題を攻略するのか私も楽しみです。世界選手権に向けて、彼ら若手に加えてベテランも入る予定ですので、役者が揃ったとても面白いチームになると思います。
女子については先に述べたとおりパワームーブをこなせる選手が少ないのが現状です。小田菜摘のような手足の長い選手がリーチを生かして切り崩していけるといいのですが、出場大会数が多いため、なかなかトレーニングに時間を充てられないのは歯がゆいところです。再度しっかりトレーニングを積んで実力を戻していければ、後半戦の活躍に期待できると考えています」
――結果を見ると、日本は男子に比べて女子が追いついていない印象です。
「成績だけを見るとそうですが、例えば谷井菜月は現在ボルダーのトレーニングにも励んでいて、筋力がついて今のリードのルートに適応できはじめています。少しずつ結果もついてきていますから、期待したいです。また麦島心花のようにボルダー、リード、そしてスピードもできてしまう万能タイプもいます。彼女のように経験値がまだ低い選手もいて、予選は突破できるものの準決勝で思うように戦えないというところは目の前にいい壁ができていますから、ここを乗り越えれば世界で戦える実力が身につくと期待しています」
――女子のリードでパワー系ムーブが増えている傾向は今後も続くと見ますか?
「シーズンごとにIFSC(国際スポーツクライミング連盟)の方針やルートセットの流行も変化するのは事実ですが、今シーズンの世界選手権まではこの流れを変えないのではと考えています」
――パワー系ムーブに対応するには登り込むほかないですか?
「そう思いますが、登り込むことで持久力系のトレーニングにシフトしてしまわないようにボルダーのトレーニングを取り入れることが必要です。野中(生萌)が今シーズンのリードワールドカップに出場した際、持久力的には難しい場面がありましたが、とても楽にムーブをこなしている姿を見て、野中のようにボルダーができないと今のリードでは勝負ができないのだと感じました。そういったところは日本の女子全体がやっていくべき方向性としてあると考えています」
――女子で今後の活躍が期待できる選手はいますか?
「先ほど話した小田や麦島といった選手はユースの大会にも出ていますけど、ムラがある一方で伸びしろもあります。彼女たちのような若手が順調に伸びていけるかが今後のポイントになってきます」
――安井さんはこれまで主にシニアの選手たちを見る立場だったと思いますが、最近ではユースにも視線を向けていると聞いています。シニアとユースを両方見ていくことで、今後の強化に期待していいでしょうか?
「もちろんです。先のユース世界選手権にも一部帯同して、ユースの代表選手たちに今のリード課題の傾向やトレーニングに関する話をしました。どうすれば世界で戦えるかという話を直接できるのは大きいです。リードを専門とする選手には、コツコツと地道にトレーニングをして身につけた持久力をもとに戦える一方、“動き”はあまり得意ではない選手が多いと感じています。そこは切り分けるのではなくて、世界で戦うためにはしっかりボルダーにも取り組んでパワーもつけていかないといけないと伝えています」
――世界選手権についての話も伺います。リードの日本代表選手はもう決まっていますか?
「すでに内定はしていて、あとはJMSCA内で最終的な承認を取る段階です」
――男子リードの展望を教えてください。
「選ばれた選手がコンディションを整えることができれば、しっかり戦えると思います。リードの代表選手は事前合宿をせず、リードワールドカップの残り1戦、コペル大会を最終調整の場にする予定です。コペルからいい感覚を持ち帰り、ソウルでの世界選手権に臨みたいですね」
――注目すべき海外選手は?
「アルベルトと韓国のイ・ドヒュンです。この2人には指の強さがありますし、とにかく動きにゆとりがあるんです。本当に脅威的ですし、圧倒的な強さを感じます。そこにケガから復帰するであろうオーストリアのヤコブ・シューベルトが絡んでくるはずで、ヤコブに対して若手選手がどう挑むかが世界選手権の注目ポイントになるのではないでしょうか」
――女子リードに関してはいかがでしょうか?
「各国に強い選手がいて、日本はチャレンジャーの身です。パワー系でいくとイギリスのエリン(・マクニース)。リードもボルダーもできてしまう選手で、どんなムーブもこなす彼女は怖い存在ですね。持久力に特化したアメリカのアニー・サンダース、韓国のソ・チェヒョン、イタリアのラウラ・ロゴラといったところに日本がどう絡んでいくか。チャンスはあると思っていますので、コペル大会で仕上がり状況も確認したいと思います」
――今年の世界選手権にはオリンピックの出場権が懸かっているわけではありません。どのように位置づけていますか?
「今年の最大の目標は世界選手権と常に言っていたくらい、重要な大会です。次期オリンピック強化選手をこの冬から設定したいと考えている中、日本の選手も世界選手権の結果に基づいて強化選手を決めると想定しているはずですので、世界選手権で結果を残したい気持ちはワールドカップ以上に持っていると思います。開催場所は韓国のソウルで日本から近いです。金メダルを取りにいきたいと思いますので、ぜひ現地に応援に来ていただき、声援を送っていただけるとうれしいです」